目次
糖尿病と断食に関する基礎知識
弊社の商品開発チームの医師監修
Q. 糖尿病は断食療法で完治しますか?
A. そもそも糖尿病は現代医療において、完治しない病気とされています。そのため、断食療法を実践しても一時的な血糖値の改善にとどまり、根本的な解決策にはならないでしょう。また、断食にはさまざまな危険性も伴うため、自己判断での断食は絶対にやめてください。
断食をすれば糖尿病が完治する?
生活習慣病とも呼ばれる糖尿病は、普段からの食べ過ぎや不摂生な食事内容が大きく影響して発症するといわれています。また、糖尿病患者さんには肥満や内臓脂肪がある人が多くみられ、「糖尿病は太っている人がなりやすい病気」といったイメージをお持ちの方も少なくないでしょう。
そこで、ここ数年で特に注目されているのが、糖尿病の断食療法です。実際に、糖尿病患者さんが断食を行って、血糖値やヘモグロビンA1cの値が改善されたとの報告もあがっています。
糖尿病の断食療法は、「血糖値が上がるのは、食事から糖を摂取するせいである」といった考え方から生まれたもので、「食べなければ血糖値は上昇しない」と、いかにも正論のような治療法にも聞こえます。
しかし、糖尿病自体は現代の医療において「完治しない病気」とされており、断食したからといって糖尿病が治るわけではありません。また、私たちが生きていくうえで「断食」を一生継続することは、そもそも不可能です。
糖尿病は、膵臓から分泌されるインスリンというホルモンの量や作用が減少することで起こる病気です。これは、一時的な疾患ではなく「血糖値が高くなりやすい体質になってしまった」と認識すべきでしょう。体質は、基本的に生涯にわたって変わることはありません。
糖尿病治療では、無理な断食によって目先の血糖値やヘモグロビンA1cだけを下げても意味がないのです。一生継続できる食事療法と運動療法を組み合わせて、健康寿命を可能な限り伸ばすことが大切だといわれています。
糖尿病と診断された患者さんは、「断食療法」に飛びつく前に、この点についてしっかりと正しい知識を押さえておきましょう。
断食で糖尿病が改善された例も報告されている
もちろん、断食によって糖尿病患者さんの血糖コントロールが良くなったり、インスリン注射での薬物療法を中止できる可能性があるといった研究結果も発表されています。
これは、カナダのスカーバロー病院で実施した小規模研究による結果で、40~67歳の2型糖尿病患者さんを対象として行われました。
調査に参加した患者は、いくつもの経口血糖降下薬を服用し、インスリン注射も行っていたといいます。さらに、高コレステロール血症や高血圧といった合併症も持っており、正直あまり良い状態ではなかったようです。
まず、参加した糖尿病患者さんには、断食療法の安全性や管理方法に関するトレーニングセミナーを合計6時間受講してもらいました。その後、1日おきに24時間の断食を行うチームと、1週間のうち3日間断食するチームに分けて、しっかりと安全性を管理したうえで7~11か月にわたって断食を継続させたといいます。
その結果、断食を開始してから1か月も経過しないうちに、全員がインスリン注射での糖尿病治療を中止できたことがわかりました。そのうちの1人は、断食スタートからたった5日で、インスリン注射を中止したようです。また、経口血糖降下薬の服用もすべて中止できた患者さんも出てきました。
この間、低血糖発作を起こした対象者はいなかったとされており、これらの結果から「間欠的な断食は、2型糖尿病患者のインスリン抵抗性改善や、糖尿病治療薬の服用中止につながった」と発表されています。
ただし、この研究は非常に小規模なものであることから、「絶食が、必ずしも糖尿病の改善に有用だと結論づけるのは難しい」といった指摘も少なくありません。
また、今回の研究で低血糖エピソードが出てこなかったのは、病院からの適切な指導と管理のもと行われているためです。「糖尿病は断食で完治する」と素人が自己流で行うのは大変危険なので、注意してください。
糖尿病患者が断食をする危険とは
前述した通り、「糖尿病の改善には断食が効果的だ」という研究報告も各方面から集まっています。しかし、糖尿病の治療においては原則的に、1日3食を規則正しく摂取することやバランスの良い食生活を心がけることが重要だといわれています。
糖尿病を患っている患者さんの場合、注意すべきなのは血糖値やヘモグロビンA1cの数値だけではありません。
糖尿病には、さまざまな合併症の恐れがあり、低血糖をはじめ、心血管系疾患、脳梗塞、網膜症、神経障害、腎症など多くの病気を予防しなければならないのです。
断食によって摂取栄養素が不足すると、体内のミネラルバランスが崩れてしまいます。
さらに、エネルギー源としての炭水化物や糖が補給されなくなれば、身体は「緊急事態である」と判断し、脂肪を分解してエネルギーを作りはじめます。このときに、ケトン体と呼ばれる物質が大量に発生するため、ケトアシドーシスを起こしてしまう恐れもあるのです。
また、低血糖や脱水症などの急性合併症を発症することも珍しくありません。重度の低血糖発作を起こせば、意識障害や昏睡に陥ります。そのまま命を落としてしまうケースも報告されています。
実際、1909年にアメリカのボストンで医者をしていたアレンという人が「断食療法」を唱えて、糖尿病患者さんに絶食をさせて治療しようとしたという記録が残っています。
比較的軽度の糖尿病は、断食の効果によって糖尿病の状態が多少改善されました。しかし、重度の糖尿病患者では、さらに状態が悪化してしまい、最後には昏睡状態に陥って亡くなったとされているのです。
現在では、糖尿病治療に関するさまざまな研究が各地で進められており、「糖質制限」や「カロリー制限食」など、あらゆる食事療法が試されています。
ところが、断食療法を推奨する医者は日本にはほとんど存在しません。これは、断食による低血糖発作、ケトアシドーシス、脱水症による昏睡などの急性合併症の危険性が懸念されているためです。
このように、糖尿病患者さんの断食療法にはあらゆる危険が伴うことを忘れてはいけません。
断食が適さない糖尿病患者はどんな人?
基本的には、「断食で糖尿病を治そう」といった考え方には賛成できません。前述した通り、糖尿病患者さんが断食を行う際には、多くの危険がつきまとうためです。
しかも、断食をしたからといって糖尿病が完治するわけではなく、一時的な数値の改善でしかないことがほとんどだといわれています。
特に、断食を避けた方が良いのは次のような糖尿病患者さんです。
- 血糖コントロールが悪い(または不安定な)糖尿病患者
- これまでに糖尿病性ケトアシドーシスを起こしたことがある患者
- 糖尿病をしっかりと理解できていない患者
- 妊娠中の糖尿病患者(妊娠糖尿病を含む)
- 狭心症がある糖尿病患者
- 食事を抜いた際に低血糖や高血糖を起こした経験がある患者
- 食事療法や運動療法など、医師から指導された治療を実践できない患者
- 認知症がある糖尿病患者
- 糖尿病合併症や感染症がある患者
上記の項目に1つも当てはまらず、インスリン療法を行っていない糖尿病患者さんであれば、肥満や内臓脂肪の改善を目的として、断食療法を取り入れることが許可されるケースもあります。ただし、自己判断での断食実践は大変危険なので、絶対に行わないようにしましょう。
糖尿病で薬物療法を行っている人は断食してはいけない
断食療法が適していない糖尿病患者さんの特徴をご紹介してきましたが、その他にも「薬物療法」を行っている人は注意が必要です。
経口血糖降下薬の種類やインスリン注射によっては、24時間以内のプチ断食であっても多大なリスクを伴うことがあります。そのため、ネットや本の情報を鵜呑みにして安易に断食を行わないようにしてください。
SU薬(スルホニル尿素薬)では、昏睡を起こすような低血糖は少ないとされていますが、体質や病状によっては重度の意識障害が発生する場合があります。軽度であっても、過去に低血糖発作の経験がある患者さんは、断食してはいけません。
また、インクレチン関連薬として使われている「DPP-4阻害薬」と「GLP-1受容体作動薬」は単独服用では低血糖になりにくいとされています。しかし、SU薬、速効型インスリン分泌薬、インスリン注射と併用することで、血糖値の大幅な降下を強める恐れがあるため注意してください。
そして、インスリン注射での糖尿病治療をスタートしている患者さんは、断食によって低血糖をはじめとした「急性合併症」を起こす可能性が非常に高いといわれています。
もちろん、これらの糖尿病治療薬を使用していない人でも、素人判断での断食療法の実践は、血糖コントロールの悪化を招く場合があります。
肥満解消や体重減少のために、「どうしても断食に挑戦してみたい」という患者さんは、必ずかかりつけの医師に相談のうえ、アドバイスをもらうようにしましょう。
糖尿病治療において断食が効果的な人とは?
糖尿病患者さんの断食には、あらゆる危険性が伴いますが、肥満体型や内臓脂肪が過剰な方の場合には断食療法が効果的であるケースも少なくありません。
断食によって摂取カロリーを減らすことで、体重・内臓脂肪の減少が見込めるため、インスリン抵抗性の改善につながることが判明しているのです。
特に、内臓脂肪が多くついている患者さんの場合、通常体型の人よりもインスリン抵抗性が高まるといわれています。インスリン抵抗性とは、膵臓から分泌される「インスリン」の効きが悪くなることをいい、糖尿病で高血糖になる要因のひとつです。
一般的には、食事療法や運動療法によって内臓脂肪を減らすことができれば、筋肉や肝臓での糖代謝がスムーズに行われるようになり、インスリン抵抗性が改善します。
この記事の前半では、カナダのスカーバロー病院で実施した小規模研究では、糖尿病患者さんが断食を行うことで、インスリン注射や経口血糖降下薬を減らせたとお話をしました。
実は、この小規模研究の結果として、参加した患者さんの体重が10~18%減少し、腹囲は10~22%も減ったことがわかっています。
また、断食前には6.8~11%だったヘモグロビンA1cの値は、断食療法を終えた際には6~7%まで改善したといいます。
これらのことから、断食によって糖尿病治療薬を中止することができたのは、体重減少、内臓脂肪の改善が大きく関わっていると考えられているのです。
そのため、「断食で糖尿病を完治させる」というよりは、「断食で肥満や内臓脂肪を減らし、インスリン抵抗性を改善する」といった目的で行うのであれば、断食も糖尿病治療に有効だといえるでしょう。
プチ断食は糖尿病予防に効果がある?
食べ過ぎ傾向がある現代人は、しっかりと「空腹」を感じる時間を設けることが大切だといわれています。そのために効果的なのが、16時間程度のプチ断食です。
空腹時間をつくることによって、細胞の生まれ変わりを促す「オートファジー」という働きが活性化し、脂肪燃焼はもちろんのこと、糖尿病予防、免疫力向上、認知力のアップなどさまざまなメリットが得られます。また、動脈硬化や心筋梗塞、脳梗塞、老化予防にも効果的だといいます。
日本は、戦後から糖尿病などの生活習慣病が増加しはじめました。これは、「1日3食」という贅沢な食生活が影響しているともいわれています。常に働かされている内臓の疲弊が糖尿病や心疾患などの原因になると話す専門家もいるほどです。
以前の日本では、1食分の摂取カロリーは現在よりかなり少なかったといいます。そのため、1日3食をしっかり食べることでバランスを保っていたのです。
しかし、最近ではファーストフードやコンビニ食、ファミレス、牛丼チェーン、ラーメン店などで食事を済ませる人も増えています。その結果、1食分の摂取カロリーや糖質が異常に多くなっている傾向があるのです。
本来、私たち人間の身体は「空腹状態」に耐えられるようにできているため、成長ホルモン、コルチゾール、グルカゴン、カテコールアミンなど血糖値を上げる働きのあるホルモンを複数持っています。しかし、血糖値を下げるためのホルモンは「インスリン」しか持ち合わせていないのです。
16時間のプチ断食を取り入れることによって、私たちの身体に備わった機能を正常に働かせることができます。「普段から外食が多い」「肥満が気になっている」といった方は、ぜひプチ断食を取り入れながら、糖尿病予防に取り組んでみてはいかがでしょうか。
糖尿病患者は自己流の断食をしてはいけない
前述した通り、現代人は基本的に過剰なエネルギー、糖質、脂質を摂取しすぎです。そのため、糖尿病予防には「食べ過ぎをやめる」「16時間程度のプチ断食をする」といった対策が必要となります。
しかし、すでに糖尿病だと診断されている患者さんの場合には、自己流での断食療法を行わないようにしてください。ネットの掲示板やブログなどの情報を頼りに、「糖尿病が完治するなら断食してみよう」と張り切ってしまう人がいますが、これは本当に危険です。
糖尿病の治療では、基本的に1日3食を規則正しく摂取することが大切です。長時間の空腹が続くと、血糖コントロールが悪化してしまうことも珍しくありません。
また、糖尿病患者さんが自己流の断食をスタートすると、思わぬ急性合併症に襲われる可能性も高くなります。主なものは、低血糖や脱水症状などです。重篤な状態になると、昏睡や意識障害で死亡することもあるといいます。
まとめ
糖尿病と診断されると、多くの人はこれまでの生活習慣を後悔します。しかし、糖尿病は一度発症してしまうと完治することがない病気です。医師から指導された食事療法や運動療法を、生涯にわたって継続していかなければなりません。
これらの治療に対して「面倒くさい」と感じる患者さんも多く、「なんとか完治させられないものか」とさまざまな情報に飛びつく傾向があります。糖尿病の断食療法も、そのひとつといえるでしょう。
しかし、断食をしても糖尿病は治りません。多少血糖値やヘモグロビンA1cの値が良くなったとしても、元の生活習慣に戻れば再び数値は悪化します。
糖尿病を患っていても健康な人と同じような生活を送っていくためには、根本的な食生活や運動習慣の見直しが必要です。一時的な治療法に頼ることなく、長い目で上手に付き合っていきましょう。